アニメ「凪のあすから」を観るべし

最初はまったく興味がなくて追っていなかったが、ニコニコ生放送で前半の一挙放送をタイムシフト予約して、ためしに見てみた。


人間が海の中に住んでいて、ある時陸に上がる人間が現れて、ふたつに別れて生活している世界。海の人間男女四人が通っていた学校が廃校になったため、陸の学校へ転入するシーンから始まる。

地上の生徒とのやりとりや、互いのすれ違う想いや、陸と海の大人のいざこざや、かつて行っていた海の儀式を子供たちが復活させようと懸命になったりする。

始めの印象では変則的な恋愛学園モノかな、と思った。しばらくしてもう見なくてもいいかな、と視聴権を削除しようかと考えた。

もうちょっとだけ、と思って続きを見てみると、雪が降る話が始まった。

地上に雪が降るのは当たり前だが、海の世界にも雪が降ってきたのだ。そして海村の様子も変化してゆく。古い言い伝えでは海の中の生活が困難になるので、みんなが眠りに入らなければならなくなるのだ。

この辺りからだんだんと自分がこのアニメにハマってきていることに気づいた。

表向きの部分は恋愛話なのだが、背景の世界観がかなり大きくひろがってゆく。単純に宇宙や、未来のお話のような「外」へ向かっている物語ではなく、どこかにありそうだけど、どこにもない、けどあってほしいような世界が描かれている。実写で描くのはムリだろう。

背景やら小道具がノスタルジックな演出を担っている。

陸にはボンネットバス、光の家には黒電話、四足で回しスイッチのテレビ(本体は赤とかカラフル)、自家用車やトラックはオート三輪。

自分が思わず、あっ! と思ったのは駅のシーンだった。透明な丸いスイッチの券売機が目に入った時に懐かしく感じた。他にも気づかないまま見逃したものもあるかもしれない。(昔あったコカ・コーラ瓶の自販機とかあるかな?)

一話から山場があったりするわけでもないので、面白さがわかるまで時間がかかる。スローペースで進んでゆく流れが、最近のアニメでは珍しい部類かもしれない。後半になると今度は五年後の話がはじまって陸の人たちは(当たり前だが)成長している。

最終回がどうなるのかさっぱり予想ができないのだが、結末がどうなろうとも、自分は納得する心の準備はできている(笑) ちなみに原作は読んでいない。

今期が終了したらすぐにでもテレビの再放送やニコニコ生放送で一挙放送してほしい。


   


※参照サイト
公式サイト

ニコニコチャンネル(第一話と最新話が無料で視聴できます)

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帰りの電車での珍しい出来事

iPhoneを持つようになって、細切れの時間を有効活用と思い、呟くことはあまりないけど、電車内や空き時間にニュースアプリやらTwitterやらを眺めていることが増えた。

表面的な情報を少しずつ蓄積することはあっても、自ら思い返したり考える時間が減ってきているように思えてきた。

まだスマホを持っていない頃、帰りに大江戸線に乗り込んでドア付近の場所に立っていた。しばらくして、なんといえない違和感を覚えた。一体何だろうか。この感覚は??

少し混んでいる車内では、寝ている人やスマホを見ている人、おしゃべりをする人たちなど、いたって普通の風景だった。気のせいと思って真っ暗な地下鉄の窓に視線を移した。

ふと、ドア横の戸袋にあるスペースが透明なクリア板だけで、広告がないことに気がついた。真っ暗なガラス窓ごしに反射する自分の背後に注視してみると、反対側の戸袋の広告スペースも空だった。

もしかして、と思い、見上げて見回してみると、珍しいことに車内に広告が一切ないことに気がついた。つり革も中吊りもまど上もドア上もステッカーももちろんない。

自分が覚えた違和感はこれだったのだ。

電車が駅に止まって、下りたり乗り込む乗客を眺めながら、車内にまったく広告がないことに気づく人は何割くらいだろうか? と思った。たぶんほとんどの人は気づいていないのだろう。

もしかしてたいして珍しいことではなくて、自分にとっての奇異な出来事だったのかもしれない。

たかだかそれくらいの経験で何を言いたいんだか、と突っ込まれそうだが、自分自身の観察と思考の積み重ねと経験が大事なのではないかとあらためて思った。


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Twitterの失われた新(?)ブロック機能とアプリ制限

以前、女性芸能人のTwitterアカウントの返信欄を眺めていると、ひとりのファンが時事的な話題を取り上げて自分の考えを3ツイートほどの分量でこまめに話しかけているのを見つけた。(@[ユーザー名]でTwitter内を検索すると本人の返信欄が見られる。Twitterアプリに実装されているものもある)

「この女性にとっては、全く興味のない話題だろうな」と自分は感じた。一応ファンは大事にしなければならないだろうから、ブロックもできないし、読み流すしかないのだろう。好意で返信されるならまだしも、まして中傷や罵倒で返信欄が埋まってゆくのは結構なストレスだろう。

去年の12月にTwitter社が新しいブロック機能を発表した。相手にブロックしたことがわからないようにフォローは継続されて、ツイートが読むことができる変更だった。Twitterアプリの「ミュート」機能のようなものだ。

「ブロック機能がコンクリート塀から、集音マイク付きの透明アクリル板に変わったよ」と呟こうとしたが、出先のiPhoneで慣れないフリック入力をするには文章が長すぎて時間もなかった。(後から知ったのだが、似たことを考えている人がすでにいて、絵まで描いていた)

返信を多くもらう著名人にとっては朗報だなと思った。相手に気づかれずにブロックをガンガン利用できる。誹謗はもちろん、勘違いや、興味のない話題のツイートを飛ばしてくる輩を”見ない”ようにできるのだ。

新機能を知ったとき、なんとなく「日本的な感じ」がした。相手の行動には干渉しないけど、私はあなたを無視します、という内面の処理の仕方が。

数時間後に再びタイムラインを眺めていると、新しいブロック機能が撤回されて元に戻ったことが話題になっていた。英語圏のユーザーから反対が多くて撤回したらしい。

「話しかけないでください。私はあなたのことが嫌いです!」と八九寺真宵のようにツンデレな表現ではなく、ブロックした相手にはっきりと宣言したいのは、言語からの特徴があるのかもしれない。

相手のことがとにかく嫌いだけれど、実務レベルで交渉して、どうやって妥協をするのか。とりあえずの線引きをするのか。

物事が空気で流れて、都合のいい健忘症がはびこり、無責任に振る舞う日本人が一番苦手な部分だろう。内面処理で誤魔化して、システマティックに構築することに時間がかかる。

国別にローカルにTwitterの機能を変えてもいいのでは? と思ったりもする。いや、それよりも公式がミュート機能を実装すればいいのではないか、という意見もある。

いやいや、そもそも全世界に一律でサービスを提供するのではなく、ベース機能は最小限にして、ユーザーが個別に外部アプリで機能を選択できれば一番いいのではないだろうか?

Twitterのアプリで、自分はいままでJanetterを勧めていたのだが、最近認証ユーザー数が上限に達してしまったらしく、新規のユーザーが登録できなくなってしまった。既存の利用者がPCやスマホが壊れてしばらくアクセスできなかったり、OSを再インストールした場合、いままでアプリにアクセスできたけど、できなくなる事態が起こるかもしれない。

やはりすべてのTwitterアプリのAPI利用制限は解除した方がいいのではないかとおもう。


 



※参照サイト



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すべてを肯定する意志 ~映画「ゼロ・グラビティ」~

※ 作品のネタバレが文章中に出ますのでご了承ください。


映像に出てくる演出がとても自然で、シンプルな物語の中に紛れ込んでいて、何度も観て、何度も考えたりして発見するのかもしれない。

サンドラ・ブロック演じるライアン・ストーン博士が宇宙ステーションに入り、宇宙服を脱いだあと、手足を縮めて丸くなり窓から太陽の光が照らす姿は、「2001年 宇宙の旅」を観たことがある人ならばすぐにわかるだろう。

オープニングでライアンが気づかぬ合間に手放したボルトをジョージ・クルーニー演じるマット・コワルスキーがつかむシーンがあった。なんであの流れを差し込んだのだろう? と考えてみた。映画タイトルにもなっている重力がない状態を映像で表現しているのは当然だ。実はその後の伏線になっていることに気づいた。ライアンが電動レンチを手放して浮遊させてしまうシーンだ。気づく観客は当たり前だがほぼいない。

最近のネットスラングでよく見かけるわざとらしい伏線を示した「フラグがたつ」という状態を、この作品では見つけにくいので緻密に組まれた脚本と演出に、しばらくしてから気づいて感嘆がやってくる。

観客は火災の予兆に気づくことはできたとしても、消化器があとあと役に立つなどまったく予想できなかっただろう。

むしろ、難しい込み入った話など必要なくて、なんのためらいもなく、ストレートに、素直に観客へメッセージを送っているシンプルな物語なのだ。

大量生産型のハリウッドアクション作品であれば、国際宇宙ステーションにつかみかかるシーンは、二人とも助かるような都合のいいトリックが仕込まれていたかもしれない。しかし、かろうじてパラシュートの紐が足にひっかかったものの、二人分の推進力が衰えず、なおかつライアンの酸素不足を考慮してマッドは彼女と繋いでいた綱を自ら外してしまう。

ライアンのミスがあっても、同僚のマットがカバーできていた。しかし、ひとりになってしまった彼女はこれからすべてを自分自身で行わなければならない。

無線が通じているのかわからないままに、ライアンはひとりでヒューストンやマット、そして死んだ娘に話し続ける。

もしかすると、コミュニケーションは常に「一方通行」なのかもしれない。孤独を感じて、必死に他者を探して、運良く見つけ出せたとしても、全く言葉の通じない世界の住人。だが、慈しむ心に境界線はなかった。

「宇宙は静けさがいい」と口にした自らの言葉が皮肉にも完全な孤独によって恐怖へと導かれてゆく。

どんなにつらい状況であっても、選択の自由は自分の中にある。自殺かもしれないし、必死にもがくことかもしれない。

幻想を見た彼女は意志の向きを変えた。

ライアンが中国の宇宙船に乗り込んで、地球に着水したとき、無線機から一気にさまざまな言語が飛び交う。無色透明で重さも感じられない宇宙とは真逆でノイズだらけの多様でカオスな星に戻ってきたのだ。

重力になれない身体で這いつくばりながら、彼女は地球にキスをして「ありがとう」と口にするのは、善悪や正義の対立と価値を越えた、あらゆるものすべてを肯定する感謝の気持ちだった。

そして彼女は力強く立ち上がり歩き出してゆく。無事に生還したことよりも、まったくまとまりのない世界を進むことに誇りを感じながら。



※過去エントリ
度の恥は書き捨て: 今観るべき映画「ゼロ・グラビティ」 

※参照サイト



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「巨大実験装置説」の誘惑

「進撃の巨人」はアニメを観たのと、昨年末から今年にかけてYahoo!で公開されていた原作コミックの部分しか知らない。現在どのように進行しているのかさっぱりわからない。謎が多い物語なので、先の展開をいろいろと想像したくなるのは人情だろう。

岡田斗司夫さんがニコ生ゼミで、読者がエレンやミカサなどの人間の住んでいる塀の内側の世界は実験施設であって、物語の世界の中心は巨人側ではないか? と予想していた。

それを聞いたとき、子供の頃に流行ったUFOの話を思い出した。なぜUFOや宇宙人は地球へやってきてわれわれを監視しているのか? ときおり密かに接触してくるのか? 彼らは一体何者なのか? どんな目的があるのか? 

ひとつの見方として、「宇宙人にとって地球は巨大な実験装置なのではないか?」という説があった。何らかの実験なり実証を行うために創造された、彼らのための人工的な世界が地球なのだ、と。

なるほど……、と哲学書の文体のように一度同調のつぶやきをして、話題を広げてみたくもなるが、ほとんどの人はばかばかしく感じるだろう。最近は地球外生命体のお話もまったく盛り上がらなくなってしまった。(自分もことさら超常現象などに興味があるわけでもなく、ただのたとえ話です)

UFOや宇宙などの「外」に対して、今度は「内」に向かって考えてみると「水槽の中の脳」が思い浮かぶ。本当の自分というのは、いまここの世界には居らず、どこかの実験施設の羊水に満たされた水槽に沈み電極につながれた脳であって、思い込んでいた現実は実験施設の管理者が精巧に作り上げた電子的な仮想世界だった、と。映画「マトリックス」は身体があって全身が電極でつながれている物語だった。

いまここではなく、未知の場所がどこかにあるのではないか、と人はどこかで思い、多少なりとも憧れるのだろう。たとえその地が「桃源郷」だろうと、果てしなく争っている「戦場」であろうと、いまの現実は本来居るべき場所ではなく、向こう側に世界の中心軸があり、そこで自分の本当の役割が果たされるはずだ、と思いをはせてしまう。

所詮、映画や漫画や文学の話だ、と割り切ってしまうのは手っ取り早い結論だろう。

いま自分の居る世界がたとえ巨大な実験施設であったり、水槽の中に沈んだ脳であったとしても、結局はいまここにある目の前の現実を突き進んでゆくしかないのだ。それに代わる方法はない。世界の内側にとどまり続ける必要はないが、世界の外側へ向かう願望ばかりを膨らませていても何も始まりはしないのだ。

※過去エントリ


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今観るべき映画「ゼロ・グラビティ」

映画「2001年宇宙の旅」を高校生で始めてた時、「やたらと(いろんな意味で)長い映画だな」と感じた。見続けるのが疲れてくるのだった。そのあとヨーロッパの映画や古典の作品などに触れてから、あらためて「2001年」を観てみると作品の良さがじわじわと伝わってきた。今の観客(とくに映画を見慣れていない人たち)にとって、当時のブームも感じとれない作品は興味がわかない、もしくは最初から見ようとも思わないだろうし、見たとしてもシーンごとの「長さ」に耐えられず、類人猿が大腿骨を放り投げるシーンで眠気がきてしまうだろう。昔の映画はマニアな感覚がないと見れなくなってしまった。

「ゼロ・グラビティ」はとても観やすい映画だ。登場人物がほぼ二人しかおらず、物語もシンプルなので、誰にでもお勧めできる。上映時間の91分という長さ・短さも現代社会に合ってちょうどいい。(午前中に映画館に行けば、昼食時間帯に外へ出られる。)

いわゆるパニックアクションムービーではない。あまり期待しすぎると、肩すかしを喰らうだろう。派手なシーンもあるが大部分が淡々と進むとても”静か”な作品だ。

最初に見たときには、映像やサウンドのつくりに注目してしまうが、主題や細かい演出の部分がいろいろと考えさせられ、後からわかってくるスルメのような作品なのだ。見終わったあとの、自分の中に流れてくる感慨にふける時間を確保するためにも、「ゼロ・グラビティ」は今のタイミングで観るべきだろう。


ちなみに自分はユナイテッド・シネマとしまえんのIMAX3Dシアターで観た。


3D作品は中学生の頃に修学旅行のディズニーランドで観た「キャプテンEO」以来だったので、最近の立体映像作品は全く知らない。ほぼ始めてといっていいだろう。IMAX3Dで観るべきなのか、普通の3Dでいいのかは正直よくわからない。

ちなみにとしまえんの映画館では座席から音響を出す「ウィンブルシート」という仕組みがある。チケットを払った後に、シアター入り口付近の券売機で200円を投入してコインを手にする必要があるのだが、まったく気づかずにスルーしてしまった。宣伝が足りないのではないかとおもう。あと、なぜ座席にコインを投入する原始的な仕組みにしたのだろうか? チケット購入と同時にオプションで「ウィンブルシート」を紹介して、購入者には座席音響を遠隔操作でオンにできたほうが手間がかからないと思うのだが。。


 

3D映像作品をいつでも観れるための、家電製品や映像コンテンツの豊富さなど、環境が整うのかはまだまだわからない段階だろう。お金持ち以外の人にとっては。

3Dで見られるのであれば、やはり今のうちに劇場へ足を運んで見た方がいい。実は立体の演出は控えめな感じだが、さりげない演出が作品の主題にも反映されている。

ものすごく地味に淡々と描く「ゼロ・グラビティ」は、本編が始まる前に流れてくる宣伝映像にも現われる、様々なアメリカンヒーローが時空を超えて悪と戦うような、これまでの作品群を間接的に批判しているのだ。


(この後、ネタバレありありの感想を書こうと思ったのだが、長くなりそうなのでこのエントリはここで終了します)


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※映画を見終わった方むけ
 「ゼロ・グラビティ」のスピンオフムービー「Aningaaq」がネットで全編視聴可能に - GIGAZINE http://ift.tt/1awCUXL



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iPhoneの地図アプリをいろいろ試してみた

主に代表的な地図アプリを使ってみた。


●「マップ」iPhoneの標準アプリ

いろいろアプリがあるけど、まずはiPhoneに最初からインストールされている標準アプリの「マップ」を使ってみた。

道や線路の反対側に現在地の青い丸が表示されて、精度はまあまあ。これくらいは愛嬌のうちでしょう。

標準アプリだけにアイコンの配置もシンプルで使いやすい。左下の矢印をタップするとスマホの向きに合わせて地図が回転する。3D表示も派手さはなくおしとやかなかんじ。地図上の建物の表記が少ないので、入り組んだ道では確認に手間取って使いづらさを感じるかもしれない。

お店やおおざっぱなジャンル(コンビニ、とか)を検索すると虫ピンが落ちる。表示をタップしたあと詳細情報を知りたい場合、Yahoo!ロコに飛ぶことができる。

目的地の「ここへの道順」を選び、「車・徒歩・電車」を選択して「経路」で地図に青い線が表示され、「出発」をタップすると音声ガイドでナビゲーションしてくれる。知らない土地に行くとこれが便利。ナビゲーションはβ版らしく、始めて使う時は「変な道が表示されるかもしれないけど、リアル世界の道をよく観察して、怪我しないように自己責任で進んでね」(適当要約)と注意書きが出る。

自分の持っているパソコンはWindowsなので、Macのブラウザなどとデータの互換があるのかどうかは確認できない。


Yahoo!地図

アプリを最初にインストールすると、「Yahoo!地図アプリに乗り換える人が急増中!」という謎のアピールがされる。

標準アプリの「マップ」と比べると、地図の情報は多く、3D表示も鳥瞰ビューもこっている感じ。そのせいなのか、動かしてみるともっさりしていて、拡大や移動するたびにロードのグルグルな円が表示され待たされる。地図をスライドさせている最中にロードがかかると、あらぬ方向へ画面が飛んでしまい、いったいどこなのかわからなくなる。

まずサクサク安定して動くように改善してほしい。

メニュー画面の内容は充実していて、お店を探すときにはわかりやすい。現在地からの周辺情報がでてくる。

標準アプリの「マップ」は読み込みのロードが重いこともないので、いっそ地図表示はアップルの地図で、周辺の関連情報はYahoo!のサイトが担当するアプリを作ったらいいんじゃないだろうかと思う。

iPhoneのブラウザを開いてYahoo!地図にアクセスすると動きは軽い。しかし機能がものすごく限られてしまう。

Yahoo!のサービスはなんでも「爆速」せずにもう少し腰を据えて改善してほしい。


グーグルマップ

先日のエントリで紹介したiPhoneのマニュアル本にも紹介されていた。

アプリを開くと、検索ボックスと、アカウント情報と、右下に現在地を表示させるアイコンしかない。左下にかすかにラベルのようなものが見えているだけ(もっと大きめに表示した方がいいと思う)で、このアプリってどうやって使うんだろう? と最初に戸惑ったが、右側のラベル内の「便利な使い方」に詳しい方法が書いてあった。

グーグルお得意の「まあ、とにかく検索しろ」です。検索欄をタップすると「周辺のスポット」でジャンルが現れる。またおおざっぱなジャンルの単語を打ち込んでもいい。ラーメンとか病院などでも地図上に場所が表示される。検索欄の横三本線をタップすると結果が一覧表示される。「車・電車・人」を選ぶとルートが複数表示されて、「ナビ開始」すると鳥瞰ビューで音声とバイブでナビゲーションをしてくれる。

こちらも最初に使う時に「リアルの道は気をつけろよ!」の注意書きがでてくる。

お店を検索すると口コミ情報も表示されるのだが少ない印象で、このあたりの情報量はYahoo!が差別化できる要素かもしれない。

地図を拡大すると細かい建物の名前が次々と表示されるので標準アプリよりわかりやすい。ロードで固まることもなく軽くてサクサクです。

検索した項目は履歴保存されて、PCでも共有できるので、目的地を保存しておいて、あとから確認することもできる。


地図マピオン

無料版だけ試してみた。

地図を眺めるのが好きな人は、このアプリを開いたときに詳細な建物表記に目を輝かせるのではないだろうか。ZENRINの几帳面な仕事がそのまま生かされている感じ。

他のアプリと比べてシンプルな作りで、紙の地図帳を眺める感覚に近い。道路の一方通行も書いてあるし、丁目の色分けもされている。

検索すると、画面中央の赤い十字のある丁目を起点として、周辺情報がピンで表示される。珍しいのは「トイレ」という項目だ。しかし、表示されるのはコンビニだけだ。公園の場所が緑色でわかりやすいので公衆トイレもぜひ追加してほしい。

有料版では丁寧なナビ機能が付いているらしい。無料版でもルートは太い赤線で示されるので、地図を見るのが得意な人は鳥瞰ビュー・音声などなくても十分だろう。

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地図アプリ全体から感じたことは、公衆トイレ、公園の水道、公衆電話のインフラ表記がもっとほしいと思った。緊急時の場合にも役立つようなつくりを意識するべきではないだろうか。

グーグルマップは公園の公衆トイレが(他のアプリよりも多少は)表示される。だが「公衆トイレ」と検索すると「公衆浴場」が表示されてしまったりする。標準アプリの「マップ」やYahoo!地図では「周辺にはありません」とか見当違いな建物が表示されてしまう。

グーグルマップも完璧ではなく、地域によってはへんな表示がされてしまう。この部分は将来の膨大なデータ収集能力に期待しよう。

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ちなみによく広告をみかける「NAVITIME」は一週間は無料で、基本有料仕様らしいので、使ったことがない。アプリはダウンロードしてみたけど、会員登録すら面倒でやめてしまった。

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最近もまた道を聞かれたけど、迷う人はなぜ共通して地図を持っていないのだろうか? ほんとうに不思議でしょうがない。コンビニで千円もしないポケット地図が売っているのにもかかわらず。

自分が使っているポケット地図は前にも紹介した成美堂出版の「東京超詳細地図(2013)」だ。大きい判の地図もある。これは公園の公衆トイレがちゃんと表記してある。昭文社の地図より線がはっきりして、丁目の色も濃くて見やすい。コンビニでは売っていない場合が多いので、大きめの書店や下のリンクからたどってほしい。(2014年度版は手にしたことがないのでわからない。)

  

以前のような1/12500の表示をもっと東京都全体に拡大してほしい。2013年度版に地下鉄終電時刻表が追加されたのだが、個人的にはどのように見ればいいのかよくわからない。


地図も様々あり、使う人の目的によって違ってくると思うので、自分でいろいろ比べて試すのが一番いい方法だろう。


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ようやく、今頃iPhoneを手にした

auのiPhone5cの16G白です。昔PHSを持って、やめてからまったく携帯電話を持っていなかったので、久しぶりのモバイル機器の所有だが、特に何の感慨もない。携帯電話、というよりは情報端末で、いまのところ電話番号も誰にも教えていないので、もちろん鳴らない。PHSを持っていた頃は、休みの日でもバイト先の会社から終始電話がかかっきたので、着信音を耳にすると、精神的に追い込まれる感覚に陥った。電話というものは他人の時間に割り込んでくるツールだ。

なぜ5cにしたのかというと、いくらでも安い方がいいと思ったから。アップル製品に詳しくないし、熱心な信者でもないのでざっと5sと仕様をくらべてみたけど、違いを感じなかったし、カバーをつけるから高級感など必要ない。ただし、色は決めていて、長く持っていても飽きない白にした。

5cのカバーが少ない、という指摘があるけど、auのショップで付けてもらった。ドンキホーテや、Amazonでも売っているので、特に気にしなくても大丈夫だと思う。

Androidを使っていたユーザーがiPhoneを手にすると、必ずといっていいほど「なんでもっとはやくiPhoneにしなかったんだろう? 使いやすいわー」と感想を述べるので、細かいことにわからないときはとりあえず流行り物に乗っかっておけ、という小津安二郎の言葉に、自分は乗っかってみた。

いままでネットの記事で無縁だったアプリにもいろいろ関心が出てきて、有名どころや気になるものはとにかくインストールしてみる。使っていないモノもあるし、サービスごとに細かい特徴があるので、後から使わないアプリを捨てればいいだろう。無料の範囲内ですが。

課題は、PCとモバイルとの情報の連携をどうするのか、という部分だ。iPhoneなのでどうしてもMacユーザー向けの仕様になっていて、自分のようなWindowsユーザーの場合は設定やアプリなどで一手間かかる。やり方はいろいろあるので、困ったことはいまのところない。

アップル製品は説明書がない、と以前から聞いていたのだが、手にしたiPhoneにも説明書はなかった。なので、正しくて効率的な使い方というのがわからない。おそらく製品やアプリに何度も触ってもらって使い勝手を理解してもらう、というアップル側の思想なのだろう。時間のある子供や高齢者はそれでいいのかもしれないが、効率よく操作の要点を知りたい場合はマニュアル本を買った方がいい。




パソコンやソフトを買うときには、だいたい「できる」シリーズを買っている。このシリーズは初心者・中級者向けで、解説文が丁寧だし、カラー写真で、ちょっとした小技のような情報も書いてある。本屋に行くと他にも似たようなマニュアルがあって、「できる」は一番分厚くて大きい判かもしれないが、値段は他の本とかわらず、作りがいいのでお勧めします。

パソコンを始めて、乗り越えるべき最初の壁がキーボード入力であるように、スマートフォンの操作で最初の壁はフリック入力(かな入力)だろう。キーボード画面にしてローマ字変換入力もできるのだが、タップする手間を考えるとフリックのほうが効率的だろう。なので時間があると以下のアプリで練習しております。


Flick Master Lite
>初心者の初心者のための一文字ずつ。無料版

KoloFlick
>タイピングの落ちゲー。いまのところレベル1がクリアできない。。無料版。英数字は有料になる。

タイピングの神様 - フリック入力で文字の早打ち!
>単語。折れ線グラフで成績が表示される。Twitterに記録を送信して恥をかくことができる。無料版


最初のうちは相当イライラしながら打ち込んでいた。年に関係なく物覚えが悪いので、もう割り切ってローマ字入力にしようか、音声入力にしようか、とあきらめかけていたのだが、慣れてくると徐々に単語の配置がわかってきて速くなってくる。

フリック入力をするようになってから、なぜかPCのキーボード入力が速くなった、気がする。言葉のフラストレーションを慣れたUIで発散しているのだろうか?

とりあえず、こんな感じです。



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今年はアニメをたくさん観た

きっかけは「進撃の巨人」だった。五月頃にTwitterのタイムラインで話題になっていて、ニコニコ動画で第一話の無料放送が衝撃的であった。

テレビのない生活をしていたためなのか、映像に対する飢えがあったのかもしれない。動画サイトでサッカーの中継やら討論番組、映画などはよく見ていた。

しかし連続した話のアニメを観ることは中学生以来なかった。十年ほど前に話題になった「涼宮ハルヒ」も「エヴァ」も観ていない。いまだに観ていない。(正確には「エヴァ」は第一話から四話ぐらいまでみたことがあるが内容はほとんどわからない。)

偏見があったわけでもなく、単に興味が向かなかったのだろう。「魔法少女まどか☆マギカ」も前回の劇場版の時に一部で盛り上がっていたが、観る気分にならなかった。

アニメに限らず、実写の映画も、小説も、絵画も、音楽も観客・視聴者・読者のタイミングで作品に触れればいいのだ。以前から作品を知っている人からすれば「遅っ!今さら!?」と皮肉っぽく笑われるのかもしれない。(そんなときには、え?「坊ちゃん」も「ボヴァリー夫人」も「聖書 創世記」も読んでいないの? 遅っ! と嫌みっぽく反論してみよう!)

重要なのは、作品に触れた自分自身が、どのように感じて、考えて、身につけて、行動するのか、だと思う。

単に消費するのであれば、アニメ以外にもたくさんコンテンツがあるので、流行り物に乗っかりたい俄ユーザーは、大量に押し寄せて、あっという間に去って行く。まあ世の中そんなもんです。あまり目くじらたてることでもないでしょう。

いままで定番だった映像コンテンツ、たとえば地上波テレビの実写ドラマの質が衰えた、というよりも、視聴者がほかの質の高いコンテンツを知る機会が増えたのかもしれない。アニメはネットに様々な形であふれている。また、海外実写ドラマの人気ぶりを眺めると、納得できる作品であれば、視聴者はちゃんとお金を払うことを示していると思う。

年をとると、新しいモノが頭の中に入らなくなってくる、と思っていたけど、アニメを観ていると、最近の音楽にも触れる機会があって、いい刺激になる。自分の中にある思い込みとか、好き・嫌いなどの無意識の決まり事を外して無理せずに吸収し続けていければいいと思った。








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「進撃の巨人」実写映画化が発表された……

以前ブログに実写映画化反対宣言を書いたが、もう決まったものはしょうがないので、いまさらグダグダ書くつもりもありません。「ルパン三世」も実写化するそうで、作品ができあがるまで一般素人は下手な希望や観測に思いを巡らせ、書き散らすことに時間を使う必要もないだろう。個人的には「ガッチャマン」の実写版のような失敗をしないように祈るばかりです。はい。

なにやら、オリンピックの東京開催決定のニュースと重なって見えてしまった。決まったものは決まったもので、「まあ、いいんじゃないの?」という感覚。積極的に関わるのかどうかはわかりませんけど、とりあえず陰ながらひっそりと様子を見る。グダグダ言っても、進むものは進んでゆく……

……と、なにやらグダグダ書いているわけです。引き続き素人の勝手な妄想を続けます。

実写映画の「進撃の巨人」は2014年の夏から撮影が始まる予定だそうで。ということは脚本とかコンテとか、キャスティングはもうほとんど決まっているのかもしれない。

公開は2015年。なんだか急いでいる印象を受けてしまう。もっと時間をかけてやったらいいんじゃない? と心配になってしまう。

映画制作のための資金を集めるのは、アニメも成功したので、関係者の期待など考えると、いまが一番のタイミングなのだろう。


「鮫肌男と桃尻女」は内容を結構変えていたけど、時期を考えると「進撃の巨人」は忠実にやるのかもしれない。むしろ「ルパン三世」のほうが定番アニメなので、好きなように演出やキャラ設定や小道具を変えられるだろう。子供の頃によく観た「カリオストロの城」は、それまでの「ルパン三世」の定番をいろいろと変えていることに気づいて、大人になってからも感心した。

自分でも何を書きたいのかよくわからなくなってきた。物事は勝手に知らないところで進んでゆくらしい。


※過去エントリ
度の恥は書き捨て: 進撃の巨人実写映画化反対宣言 

 




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